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パチスロとせどりで認知症の親を養うブログ

認知症の進行をふりかえってみる

認知症の母:認知と身体の衰えはまだまだ続くのか

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2019年もあと1か月を切りました。

いろいろな意味で1年を振り返っておくべき季節。

 

今回は特別養護老人ホームにいる私の母のこの1年について書いておきます。

あとで「このときはこんな感じだった」「このときには~~ができなくなっていた」

ということを顧みるための備忘録的な記事なので

とくに役立つようなことはありませんが、

「アルツハイマー型認知症と診断されて10年ほど、要介護5になって約2年ほどという認知症患者はどうなってしまうのか」

ということに興味がある方には参考になれば幸いと思います。

原因不明の発熱など、健康不安も

昨年末にも同じ趣旨の記事を書き

認知症の母:1年間、とりあえず恙無く過ごしてくれて・・

「とりあえず何事もなく1年を過ごしてくれてよかった」

と書きましたが、

2019年は原因不明の高熱がしばらく続いたりとか、

ちょっとだけ体調を崩すことがありました。

 

熱が出たときには特養の嘱託医の先生が診察してくれたものの原因はわからず、

念のため市では最も大きい病院で検査してもらっても結局わからない。

特養で抗生物質の点滴を施してもらい、しばらくすると熱は落ち着いてきたのですが、

なにしろ原因がわからないというのはちょっと怖い。

本人はなにも訴えられませんから、症状を問診して見当をつけるということもできない。

しかしとりあえず命の危機にならずに済んでホッとしたところです。

 

こういうとき、施設にお世話になれてよかったなあ、と心から思います(もちろん本人はそうは思ってないかもしれないので、この考え方は非常に自分勝手とも言えるんですけど)。

もし在宅介護をしているときに高熱を発してしまったら、

とりあえず市販の薬を飲ませる→熱が下がらない→悪化してから病院へ・・となり、

家で点滴なんかできませんから「入院」ということになったかもしれない。

 

入院したならば、認知症がある?・・あっそう、じゃあ治療に差しさわりがあるといけないから「身体拘束」してもいいですか?いいですよね?という話になり、

ベッドに縛り付けられて点滴を受けることになった可能性が高い。

特養なら、いまの母は点滴に支障があるほど動かないということは知っていますから身体拘束など必要ないと判断してくれます(ていうか特養では身体拘束は禁じられている)が、

病院ではそんな融通はきかせてくれない(べつに身体拘束する病院を批判する意図はないです)。

認知症:入院時の身体拘束

 

特養にお世話になっていたからこそそんなことにはならなかったわけで、

ただただ感謝するしかないです。

認知機能の低下はもう底まで来たか

認知機能に関しては、こちらの言うことが理解できない、自分の意志を発語できない・・という状態がもう数年続いており、

これ以上悪くなりようがない・・と思っていました。

しかしこれがまだまだ下がありますね。

 

最近は呼びかけに対して「はあい」とか返事することも少なくなり、

たま~に自発的に発していた意味不明な言葉もあまり出なくなり、

表情の変化もだんだん乏しくなってきたような気が。

 

話しかけると一応はこっちの目を見て反応してくれるのですが、

それさえもなくなったらどうしよう・・という恐怖を感じます。

これが底なのかまだまだ悪くなるのか。

身体機能もさらに低下

トシなうえに運動もできない、誰かと楽しく会話したりすることもできない、ふだんはひたすらベッドに寝てるか車椅子に座ってるかという生活ではもうやむをえないことだと思うんですが、

からだを動かす能力という点においてもさらに低下してきました。

 

少し前までは、立たせると私にしがみついて足を少しづつ前に出して歩くことができたのに、

いまはもうほとんど不可能になりました。

しがみついて立つことはできても足が前に出ない。ムリにやるとヨロヨロと崩れ落ちそうになってしまう。

 

これに関しては、在宅での介護を続けていたらひょっとしてここまで悪くなるのはもう少し遅かったのかもしれないという気がしています。

特養に入る前に老人保健施設(老健)にお世話になり、そのときはフラフラと動き回って何度か転倒していたため、

落ち着かせるために薬をつかっていた時期がありました。

つまり、安全のために「座らせておくこと」が優先され、

積極的に体を動かして身体機能をキープしようという方向ではなかった(老健では体操などの運動を実施していましたが、母は他人の指示をききながら運動するということはすでにできなくなっていた)。

そういった生活を続けていれば身体機能が衰えるのは当然。

 

しかしおかげでこれまで骨折などの事故に逢うことなく生き永らえてきたわけで、

座らされ続け、寝かされ続けになったことが悪いことだとは思っていません。

 

そう考えると母がこの状態になったのは避けることができなかったのであり、

からだの衰えも認知の衰えも「長生きしていればいつかはこうなる」というのが私の母にはちょっと早く来ただけ、と理解するべきなのかもしれません。

 

 

といったところで、機能の衰えはまだまだ続いているけれども、

もうこれは受け入れるしかないんだ・・と考えるようにしています。

どうなろうとも受け入れるしかないと考えられれば、さらなる衰えに気がついてもガッカリすることはない。

 

思えば在宅介護していたころの私は、母の衰えを「受け入れる」ということがどうしてもできなかった。

だから母の物忘れにはイライラしたし、母が反抗的になったり怒ったり失敗したりしたときには大声で怒鳴ったり、やさしくしてあげることができなかった。

なにがあろうとも「仕方がない」と受け入れるということが、

介護でも人生においても最も必要なことなのかもしれません。

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