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懐かしいレトロ台を堪能し感無量!東京都福生市「ゲームセンタータンポポ」さんへ行ってきました!後編!

先日の記事 →懐かしいレトロ台に再会し感涙!東京都福生市「ゲームセンタータンポポ」さんへ行ってきました!前編! の続きです。

平和の権利物「ゴールデンバレリーナ」で30年越しに初めての大当たりを体験し気を良くしたところまで書きました。

周りを見渡すと時間の経過にともなってどんどんお客さんが増えてきている。客層の中心は私のような中年オジサンですが、中には30代そこそこくらいにみえる若い人も。たとえおカネが増えることがなかろうとも、パチンコがほんとうにおもしろい「遊技機」であった時代の名機を楽しみたいという人はたくさんいるんだなあ。

そして、現在のぱちんこ業界が一生懸命やっているような、なんとかして規制の壁を突破して射幸性の高い台を実現しそれによって集客につなげたい、という努力はほとんどムダであり方向性が間違っている、ということも「タンポポ」さんの繁盛(平日はどうなんだろう。それにひとり3,000円程度の売上ではそんなに儲からないだろうし。私なら5,000円でも打ちに行くけど、一般的にはやはり3,000円くらいがゲーセンに払える金額の限界だろうか)ぶりをみれば明らかじゃないか。遊技機として楽しめるゲーム性をそなえた台がありさえすれば射幸性ゼロでも客は来るんだから。

ぱちんこ業界は一丸となって原点回帰をめざし、シンプルなゲーム性のシンプルな遊技機で、低交換率でブンブン回る調整にし、気軽に遊びに行ける場所に戻ってほしい・・・などと考えながら、次に打つ台をさがします。

打ちたいと思って注視していたデジパチコーナー、お目当ての台はまだ空いてない。ではその前にパチスロを打っておこう。メダルをもらってパチスロコーナーへ。

名機「スーパープラネット」で至高のリーチ目を探究

私が本格的にパチスロにハマったのは4号機「ニューパルサー」からで、それ以前の台はだいたい「打ったことはあるがよく知らない」っていうくらいのもの。1990年ころの私には、裏モノが多かったパチスロコーナーは「鉄火場」というイメージで、怖くて手が出せなかったのです。「タンポポ」さんにある台は3号機以前のものばかりで、打ったことがないものが多い。

とりあえず中身がそこそこわかる台を・・ということで、選んだのは「スーパープラネット」。1990年に山佐から登場した3号機。

 

前述のようにリアルタイムではほとんど打ちませんでしたが、2001年ころから新宿で打つようになって、レトロ台がたくさん残っていた「グリンピース新宿本店」でたまに打ちました。2002年に出た後継機「ネオプラネットXX」がものすごく好きだったから、さかのぼってスープラも探究し始めた、という流れでした。ネオプラやスープラをみると、最初の会社をやめて先行きが見えないプータロー状態でパチスロをしに新宿に通っていた苦しかった時期を思い出します。

しかし、わかりやすい演出で盛り上げてくれるネオプラと違って、スープラは出目のみで楽しむゲーム性。しかもそのリーチ目があまりに奥深いもんだから、当時の私には技術介入機とはまた違った意味で敷居が高かった。

そういえば2019年には「スーパープラネットSP」っていう、初代のリール制御を再現したという台が出てけっこう打ったっけ。そのときにおぼえたリーチ目ももうだいぶ忘れちゃいました。

懐かしいカチャカチャいう操作音と、チリリーンという払い出し音をききながらノスタルジーに浸ります。

「これって入ってる?」「怪しい・・・」という出目が出るたびにボーナスを狙ってみるも入ってない、っていうのを何度か繰り返します。そのようにしてリーチ目を探究するのはパチスロのプリミティヴな楽しみのひとつでもありますね。現代はそれを楽しめる台が少なすぎる。レバーオンでカットイン→リールがスベってスイカorハズレたらチャンス目→マンガで煽って告知・・・とかそんなのしかなくなったからパチスロは子供だましのゲームになった。液晶があってもいいけど、演出なしで怪しい出目→「これってひょっとして?」と思ったらやっぱり入ってた!というのは残しておかないとダメ。

 

それはともかく、やはり一筋縄ではいかない深遠なる出目演出を誇る台だけあって、今回は確実にボーナスを察知できたのはやっぱり「チェリー付きリーチ目」が出たときばかりでした。

↑衝撃度満点かつカッコよすぎる出目にエキサイト。6号機でも復刻してほしい!余計な機能いらないからこのまんまで!

各リールごとに1枚ベットしてJACが停止すれば払いだされるJACゲームも今やると非常に新鮮。MAXベットなんていう機能はないし、ストップボタンは異様に小さくて操作性は良くない。しかし出目演出の魅力に引き込まれそんなことは忘れてしまう。

ポンポンとボーナスが引けて出玉はモリモリ増加。レトロ音源での「もろびとこぞりて」はなんとも表現しがたい味があって最高。デカい音でも不思議とうるさくないというか、耳栓したいとは感じない。今の台みたいにブアツい音でなくスカスカだからだろうか。

 

適当なところで持ちメダルをもって「アラジンⅡ」へ移動。私が初めて打ったパチスロ、2号機「アラジン」の後継機。集中「アラジンチャンス」は先代より突入率アップ、一方でパンク確率もアップされていて爆発力は低下してたものの、「単チェリー」がアツいというゲーム性はもちろん継承・・という台。この台もたしか新宿のグリンピース本店に2006年のみなし機撤去まで残っていましたね。私がメインとしていた近接店舗の「グリンピース タワー店」の地下には4号機「アラジンマスターX」があって、そっちでは何度か高設定をつかんでけっこう勝てたと記憶。そしてのちに出た爆裂AT機「アラジンA」ではメッタメタにやられることになるんですけど、いずれにしろ「アラジン」シリーズは私にはいろいろ思い出がある台ばかり。6号機「アラジンAクラシック」も素晴らしい台でしたけどね、一撃は絶対に2,400枚までという制限付きの6.2号機じゃなかったらなあ・・。スマスロでエンドレスな集中を再現できないんだろうか。

↑この妖しすぎるたたずまい。この台が現役当時は裏モノであることがほぼ前提だったから、カネのないガキの私はとにかく手が出しにくかった。

この台のキモは単チェリーと「リールのスベリ」。メダルが入れにくいのが難点だけれど「ヌポヌポヌポ」というストップ音の味が好き。何度か単チェリーが停止しましたがなにも入っておらず。あの「えっ?」っと声が出そうな違和感のリールのスベリも発生せず。初当たり重いからなあ。スベリ頻発→シングルボーナス、という流れで「まさかアラチャン!?」というあの脳汁が噴出する感覚を味わいたいのだが・・・。あのアラチャン突入を疑ったときの胸が躍る気持ちを思い起こしてみると、今の台みたいになんでもかんでも液晶で告知するのも実はいらない、と思えてきますね。

そうこうしているうちに空くのを待っていたデジパチがいくつか空いているのに気がつき、アラジンはいつでも打てそうだからここはとりあえずヤメてデジパチへ行くか・・ということで672枚のメダルを流します。メダル計数機の計数ボタンがわからずまごまごしていたら店員さんが「これです」と教えてくれたところには「アナザーゴッドハーデス」(だよね?)のPUSHボタンが。こういう小技が随所に仕掛けられているところはさすが。

 

伝説の保留玉連チャン機!

空いていたのは、社会人になりたてくらいだった私が夢中になって打った伝説の連チャン機、平和の「ダービー物語」!

 

93年ころ通っていたホールにはガキの私にもフレンドリーに話しかけてくれるご年配の店員さんがいて(ご健在ならいまごろ80歳くらいかな。マイクパフォーマンスが猛烈に面白い魅力的な店員さんでした。お元気だろうか)、「今日はダービーの○○番台がイイよ!」とかよく教えてくれたのを思い出します。今では完全にアウトな行為でしょうがそのホールではそういうことが普通に行われていましたね。

「そうなんですか!じゃあ打ってみます!」と答えてそのとおり打ったこともけっこうあったものの、当時の私はなにもわからずに打っていたただの養分パチンカーだったので、いったいなにを根拠に「イイよ」と言っていたのかがわかってなかった。なので少し打って当たらないとすぐヤメちゃったりしていました。

あとでいろいろ知って考えてみるに、あれはたぶんアタッカー上の釘調整によって「連チャンしやすい」ようになっていた、ということなんだろう、と思い当たったんですが、「あの台がイイよ!」と店員さんがズバリ教えてくれるという素晴らしい環境にありながらそれを活かそうとはあまり考えなかったのは若さゆえの愚かさというか欲のなさというか。

よく知られていますがこの台は大当たりラウンド中のVゾーンへの連続入賞5個以上(間をおかずに入らないとダメ)で保留玉3・4個目の書き換え抽選を行います。だからアタッカーのVゾーン上の釘調整次第で連チャン率が変化する。連チャンしない台は延々としないし連チャンしやすい台はしやすいうえに連チャンが伸びやすくなる。

件の当時私が通っていたホールではたしか13連くらいしたのが自己最高だったと記憶。13連が最高ってたいしたことないと思われるかもしれませんが、1回の大当たりはアタッカー入賞の払い出しが15個×10カウント×16ラウンドで2,300個くらいは出ましたからね、それが保留玉で連チャンするんだから破壊力とスピードはすさまじい。そのかわり当時は2.3円とか2.5円交換とかでしたから勝ち金はたいしたことなかったわけですが、このスゴイ連チャン性能が親方日の丸の逆鱗にふれ、連チャン機が規制されCR機の導入が促進されることになります。CR機のほうがエグイ出玉性能でサラ金で破産した人はたぶん増えたと思いますけどね。そういえばそのホールでは最初期のCR機「CR名画」で猛烈にひどい目に合わされました。面白かったから仕方がない。

 

そんなことを思い出しながら打ち始めます。さすがによく回る。それに今の台と比較すると玉が減るのが遅い。なにしろヘソの返しが7個ですからね。今の台もこれに立ち返ることはできないんだろうか。

先日行った「ライズ」さんでは「ありえないくらいガバガバ」な釘でしたが、「タンポポ」さんは出す気のある店ならこれくらいはやったかも、っていうくらいの現実的な甘釘になっているという印象。どこまでも「昔のパチ屋」を再現するという方針のもとではこうなるわけか。

それでもふつうに打ちっぱなしにしているとしょっちゅう保留が満タンになります。今の私なら一生懸命止め打ちするところですが、当時の私にはそんな思考はほとんどありませんでした。止め打ちするときもいちいちハンドルから手を離してましたから、ストップボタンがどこにあるかも忘れていた。こんなところにあったんだっけ。これは押しにくい。これに関しては今の台のほうが進化しているわけか。しかしストップボタン使うと文句言うクソなホールが当時より増えてるわけで、その意味ではホール自体は退化・劣化していると言えますね。

 

換金できないゲーセンでストップボタンを使うのも無粋、という気もするけど、まじめに打たなければ面白くない。当時はやらなかったストップボタンを使っての止め打ちをしながら大当たりを目指します。

デジパチ本来の魅力を再認識するとともに、現在のデジパチがなぜつまらないのかが浮き彫りに

すると速攻で大当たり !

 

リーチしているあいだの「そこで止まれ!」という興奮を久しぶりに体験。後ろの「春夏秋冬」を打っている人をみてたら、当たり図柄がテンパイラインに来るたびに体がピクって動いてたんですけど、たぶん私もそうなっていたんじゃないかな。これはいまのデジパチではありえない楽しさ。いまのデジパチは「絶対に当たらない」リーチばかり見せられて、稀に「当たるかもしれない」ってのが来るっていうくらいのばかりだから良くないんだなあ。余計な予告や煽りがなくいつでも期待できるから、ただ数字が回るだけでも飽きずに楽しめる。

といってもこの台は図柄によって期待度が異なるようになっている。15の優勝カップは期待薄。ほかの図柄は体感ではどれも同じくらいだと思いますけど、個人的には「本命」や「馬」なんかはアツい気が。

件のアタッカーはどうかというと、連続5個入賞はふつうにしてくれる。しかし書き換えがされたとしても連チャンする確率は3/16。この最初の当たりは単発でした。保留でリーチしたときのあのオシッコが漏れそうな爆アツさ加減を体験して帰りたい!

↑大当たりしたら「無制限」のフダをさしてくれます! ノスタルジーに浸れますなあ。低交換率&ラッキーナンバー制が主流だった時代には無限大の価値がある札でしたが、当時の私は無知だったから「無制限」になってもふつうにヤメてました。ほんと養分そのものでしたね。

 

その出玉が飲まれないうちにまた当たって単発。なかなか連チャンしてくれないなあ。

それにしてもよく当たってくれる。大当たり確率は1/235。このくらいがちょうどいい。3回目の大当たりは1がテンパイして右は3コマくらいで即そろってケツが浮きました!単発でしたが。

この当時のデジパチは、リーチは長いほうがアツいってのが主流だったので、このダービーのリーチして即ビタァァァ!ってとまって揃うリーチはほんとうに衝撃的で気持ちがよかった。いっぽうで延々と回り続けたあげくに当たることもあるんだから無限に面白い。

次は「大穴」図柄で1周目でピタァ!と揃ってまた単発、その次が「JP」揃いでまた単発・・・と、ポンポン当たるも連チャンせず。しかし1発で2,300個、しかもよく回るだけあって、単発ばかりでも出玉はどんどん増加。ドル箱の交換はセルフサービス。しかし頭上にドル箱を必ず用意してくれているので交換に手間取ることはない。

ドル箱を積み上げる作業と、それを眺めるのは非常に気持ちがいい。現代のパチンコはこの気持ち良さが体感できませんからねぇ。

 

ほかにも打ちたい台があったもののあまりに楽しいもんだから4時間ほど粘っちゃって、結局都合9回大当たり。残念ながら全部単発でしたが、ドル箱は6箱チョイまで積みあがりました!玉を流すのもセルフサービス。ドル箱って重いなあ~。昔のパチ屋の店員さんはこれを毎日何十回も運んでいたんだからほんと大変な仕事でしたね。

流したのは16,026個! 連チャンしてたらエラいことになってましたねえ。しかし2.3円交換ならこれでも3万7千円くらいだから、昭和時代のパチンコの射幸性など全然たいしたことなかった。

 

 

この時点で夕方5時ころ。もうそろそろ帰らないと家につくのが夜中になってしまう・・・でももうちょっとなにか打って帰りたい!と思って見渡してみると、さっきまで同じ人がず~っと打っていた「舞羅望極Ⅱ」が空いていたので、最後に少しだけ擦りました。なんとか当てて保留連チャン(保留1個目が20%で連チャン)したい!・・・と頑張りましたが当たらずヤメ。これはまた次の機会に。

帰りに500円のガチャガチャを回して「食事札」のチャームをもらって帰途につきました。

 

う~ん、福生にも宿をとってもう1泊のつもりで来てれば次の日も遊べたのに。「エスケープ2」とか、まだまだ打ちたい台はいっぱいあった。

遠くてなかなか難しいですが、東京方面へ行くときにはまた寄らせてもらいたい! 楽しむためだけにぱちんこを打っていた、無邪気だったあの頃に戻れる貴重な場所でした!タンポポさんありがとう!

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