災害に関して「他人事」と舐めていたのを徹底的に反省

      2019/10/14

今回は雑談です。

いや、「雑談」という言い方はおかしいか。

私のブログの主題からは離れる、と言う意味では「雑談」だけれども、

今回取り扱う話題は「雑談」というかたちで簡単に済ませていい話ではないんだ、

ということを全然わかってなかった・・・と徹底的に反省した、という話。

「史上最強クラス」台風15号

9月8日の夜から明け方にかけて関東で暴れまわった台風15号。

私が住む地域は大きな被害を受けました。

8日夜は近所のパチ屋でミリオンゴッド凱旋の天井を狙って打っていまして、

ちょうど天井に到達したところで

「台風接近のため早じまいします」というアナウンスが。

その時点であと1時間ちょいしかなくて、

うわあ~大量ストックでアメグレとか流れたらもったいねえな・・・

と思ったのですがそんな心配はやっぱり無用でした。2連で終了。

 

しかしこれが2連で終わってくれてよかった。

帰宅後には壮絶な風雨が吹き荒れ始め、

その凄まじい轟音で眠れないくらいで、屋内にいても身の危険を感じるほど。

 

夜中にはついに停電。

音が凄いうえにムシムシと暑いときているので眠るどころではなく

ほとんど寝ずに朝を迎えました。

私もこれまでの人生で「停電」は何度も体験しましたが、

たいていは数分か数十分で復旧、ということばかりでしたから、

待ってればすぐ復旧するだろ・・・くらいのつもりでした。

しかし朝になっても復旧してない。

コンビニは営業してたけど電気はついてない。

なじみのパチ屋からは

「停電のため開店時間が遅れます」(結局臨時閉店となったホールがいくつかありました)というメールが。

電気がつかなくてゴハンも炊けないのでたまたまあったスパゲティを茹でて朝食とし、

家の周辺に散乱した葉っぱをひたすら掃除しました。

 

パチ屋が営業しないのはいいとして、

私ははじめて知ることになりました。

電気がつかないということがどれだけ不便かを。

 

この停電は結局26時間くらい続き、

次の夜も電気なしで過ごしたのですが、

もう~な~んにもできない。

家の中を歩く事すら困難になり、なんとか懐中電灯を探し出し、

仏壇にあったローソクを使って明かりをとりました。

食事は車を走らせて電気がついているところまで行って買いました。

 

ネットにはつながらないしテレビもつかないし、

情報はスマホのラジオアプリで・・・と思ったら

地元のローカル放送を聴くことができない(できるのかな?私にはわからなかった)。

しかも電池が切れちゃったら充電できないし。

 

情報が得られないことで不安が増大する・・のも困りましたが、

今回は「暑い」というのが最も問題に感じました。

我が家の近所には一人住まいのお年寄りがけっこういるので、

冷房がつかない→熱中症・・・という流れで

たいへんなことになったりしないだろうか、と。

母がいる特養は無事だったようだが・・

私の母はわりと近くの特別養護老人ホームに入居していまして、

台風の影響は当然受けたようでしたが電気は無事だった模様でした。

 

とりあえずそれはよかったのですが、

以前のように在宅介護をしているときに

こんな事態が起こったらと思うと恐ろしいですね。

エアコンどころか扇風機も動かないですから、もうどうしようもない。

 

その母がまだ若く私が子どもだった昭和のころ、

父と母は

「エアコン?そんなもん必要ない。エアコンなんか使うから風邪をひきやすくなるんだ」

と言っていて、実際我が家には扇風機しかなかった。

当時はそれでも大丈夫でしたが、いまは状況が違いますね。

いまのほうが圧倒的に暑いのは間違いないわけですからね。

 

ともかく、エアコンにしろ電気そのものにしろ

災害などの不測の事態で止まることはあるわけだ。

暑さに関してはできることは限られてしまうと思うんですが、

巨大な台風が来る・・となったときには

家の周囲を点検することや、

いざというときに避難できるように非常装備を確認するとか、

停電したときのために電池で使える電灯やラジオなどを用意したりとか

電気がなくても食べられる食料を準備するとか、

断水に備えて水を用意しておくとか・・・

そういったことをやらなければならなかった。

 

しかし私は「史上最強クラス」というニュースを事前に見ていたにもかかわらず、

な~んの準備もせず台風接近直前にパチスロを打っていた。

だれかを守らなければならない立場であれば行動も(たぶん)変わると思いますけどいまは独りですから・・・というのは言い訳にもならない。

自分の身に降りかからないと真剣に考えない

以前、私の兄たちを引き合いに出して

「介護の問題は、自分に降りかかってこなければ真剣に考えない」

と書いたことがありましたが、

11月11日は「介護の日」

災害も同じなんだなあ、と反省した次第。

電気がつかないというだけで生活が立ちいかないどころか場合によっては命の危険にさらされる、

などということをちっともわかってなかったし考えたこともなかった。

 

もっとひどい災害を体験された方からすれば

「停電を1日体験したくらいでなにを・・」と怒られるでしょうが、

これまでその程度のことも体験したことがなかった私には

いざというときの備えに関して考える機会となりました。

 

いま現在は電気が復旧してくれまして(なじみのホールのひとつはいまだ閉店中)

とりあえず一安心するとともに、

電気のありがたさを噛みしめております。

まだ停電している地域の方にはお見舞い申し上げるとともに、一刻も早い復旧をお祈りいたします。

 

同時に、あまりに電気に依存した生活も見直すべきなんだなあ、と。

万能のように言われるインターネットやAIとかだって、

電気がなきゃあ意味がないものですしね。

そのあたりも考えさせられました。

(関連記事→続・災害に関して「他人事」と舐めていたのを徹底的に反省

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