負け組中年男が、自由な生き方と介護について考えるブログ。

パチスロとせどりで認知症の親を養うブログ

ギャンブル依存問題 パチンコ・パチスロ雑談

元検事長の「賭けマージャン」問題に思うこと

投稿日:

異例の閣議決定での定年延長となっていた黒川検事長が、新型コロナウィルスによる緊急事態宣言下で賭けマージャンに興じていたとして問題になり辞任しましたね。

「やめりゃあいいんだろやめりゃあ」という、実質的にはただの責任逃れな責任の取り方は権力者の常とう手段なわけですが、この問題はそれで終わりにしてはいけない様々な問題をはらんでいますね。

どこぞの弁護士はぱちんこを「脱法ギャンブル」と断じていましたが、法の番人たる検察官が脱法どころか完璧に違法な「賭けマージャン」にこの非常時に興じていた・・・という報道にふれ、こんな奴らが起訴する権限を独占しているとはなんと恐ろしいことか・・・と身震いするばかり。

証拠を捏造したりした検察官もいました(ていうか今もいるでしょ間違いなく)が、こんないいかげんな奴らが裁判で死刑を求刑したりするのですよ。そりゃあ冤罪も多発するわけだ。そして、女子中学生の自由研究の発表みたいな棒読みの国会答弁しかできない法務大臣が死刑執行を命令する権限をもっているというのもとてつもなく怖い。これを機会に死刑制度も見直すべき・・・という話になってほしいけれども、どうせ国民はすぐに忘れるんだろうからそんなことにはならないんでしょうね。

政治的なことはともかく今回はこの問題について、いわゆる「依存症」の側面で思うことを書いておこうと思います。

「優秀なはずの人がなぜ・・・」という問い。その答えはひとつしかないはずだが・・・

ワイドショーでこの問題を扱ってて、そのなかでMCの人が「司法試験を突破して検事になって、その中でもトップに登りつめるくらいの人。すんごく優秀だったわけでしょ?そんな人がこの時期に違法な賭けマージャンなんて、なんでやっちゃったんですかね?」

という問いを、弁護士だの自称ジャーナリストだのであるコメンテーターに投げかけている場面を見ました。

私は「そんなの、検事長が『ギャンブル依存症』だから、という答えしかありえないだろ・・・」と思ったのですが、コメンテーターたちの口からは「依存症」のイの字も出なかった。

 

あれあれ~。

この番組のコメンテーターたちは、緊急事態宣言下でぱちんこ店に群がる人間をみれば「これだから依存症は・・・」などといって、すべてのパチンカーを「依存症」扱いしていたのに、法の番人たる立場で、しかも定年延長問題で一挙手一投足が注目されているのがわかっていながら、賭けマージャンに興じることをやめられなかった人間を見ても「依存症は怖いねえ」とは言わないのか。

どう考えても黒川検事長は「ギャンブル依存症」である疑いが濃いでしょう。それなのに、MCの人の「なんでこんなことを?」という問いには「依存症だからでしょ」とは言わない。パチンカーをみりゃあすぐに「依存症」と断じるくせに!

 

これはなんでか。それはやっぱり、「パチンコ・カジノ=依存症」っていう方程式が、彼らの頭のなかにはできあがっていて、それを疑ってみるということをしないからなんだろうな、と。

この番組でぱちんこを「脱法ギャンブル」と言い、「依存症が・・・」とか「三店方式が・・・」とか、「換金所に警官を立たせろ」「賭博罪で摘発しろ」とかぬかしてた弁護士が、黒川検事長を指して「依存症だからしょうがない」とか「雀荘を営業禁止にしろ」とか言うのかと思ったら、そんなことは一言も言わなかった。なんなのこれ。

高校総体やプロ野球が中止になっている状況下で、競馬や競輪や競艇が無観客にしろ開催してても何も疑問を呈しないくせに、パチ屋が営業していると鬼の首をとったかのように騒ぐ。このコロナ禍のなかで、対面で座って発声も伴う、濃厚接触しまくりの麻雀に興じる人間には「依存症」とは言わないのに、間引き営業のパチ屋で黙々と機械に向き合っているだけの人を「依存症」扱いする。

黒川検事長を「ギャンブル依存症だからこんなことになったんだろ」と評する論調が、少なくとも私がみた範囲内ではテレビではみられなかったのは、やはりぱちんこへの偏見が背景にあるからなんだろうな・・・と思った次第。

何度も言うが・・・いまの「ギャンブル依存症」に関する議論は基本的にナンセンス

それはともかく、ぱちんこやカジノの話題になると一つ覚えのように出てくる「ギャンブル依存症」問題のアホらしさも相変わらずだなあ~と思います。

 

ネット上では黒川氏を「依存症なのでは?」とする論調もみられるようですが、もし黒川検事長が定年延長問題で注目される人でなく、文春にもマークされることがなかったなら、おそらく賭けマージャンが発覚することもなく、彼の周囲ではただ単に「黒川さんは麻雀好きな検事さん」というだけの話で終わったはず。

しかし検事長という立場でありながら賭けマージャンをしていたことが知れたことで大問題になり、「依存症では?」という話になった。つまり、バレなければ「依存症」なんて言われることはなかったわけだ。

 

ニコチンでも酒でもなんでも同じだと思うんですが、いわゆる「依存症」ってのはこういうものなんじゃないか、と思うんですよね。

「愛好家」と「依存症」の違いについて、「愛好家」は予算内で楽しむことができる人、「依存症」はそれができない人、コントロールがきかない人・・・とする専門家もいるようですが、ちょっと違うんじゃないかと思ってます。

本人やその家族が困っている、困った事態に陥っている・・・ということになったとき、それは「依存症」として問題になるんではないのか。

予算内で我慢することができないといっても、カネの余裕があって「昨日は5万までのつもりだったのに10万やられちゃったよ・・アハハハ~」と笑って楽しめる人は、べつに「依存症」として病気扱いする必要はないでしょ。5万円のつもりがそれでは我慢できず、会社の金に手を出すとかして会社をクビになったりする人こそが病的な「依存症」なわけでしょ。

まあ、心理学的もしくは精神医学的になにをもって「依存症」と呼ぶか私は知りませんが、少なくとも前者は、他人が「依存症だから問題だ!治療を!カウンセリングを!」と騒ぐ必要はないし、そんなの余計なお世話ですよね。

 

そう考えると、ぱちんこ屋に入り浸っている人間をみればすぐに「依存症」と決めつけるテレビのコメンテーターの差別意識、偏見・偏向がいかにヒドイものかがはっきりするような気がします。

大部分のパチンカーは自分が使える範囲内のカネ・時間で楽しんでいる。我が家の近所の低貸専門パチ屋には、毎日毎日5スロのジャグラーを打って時間をつぶしている高齢者がたくさんいますが、仮に彼らが「依存症」だとしても、本人たちはちっとも困ってないしそれで幸せなんだから、それを問題視するのは余計なお世話。もし彼らが毎日ジャグラーを打つことで健康を害し、「体に悪いからジャグラーやめなさい」って言われてるにもかかわらずやめられなかったら、そのときにこそ「あなた依存症だね」と騒げばよい。

 

だからいつも書いているように、ギャンブル依存問題はたしかに問題として存在するけれども、やらなければならないのはパチ屋を攻撃することとかぱちんこ機の射幸性を下げることではなく、ほんとうに困っている人を救済するシステムの整備と、そういう事態に陥る人を少なくするための啓蒙なんだろうと思います。射幸性を下げたところで問題はなにも変わらない。毎日5スロを打ったところで4倍打てば20スロで負けるのと同じ金額負けることになり、それで破産する人だっているでしょうから。

だいたい、ぱちんこには依存症対策と称して射幸性を下げることを要求するくせに、宝くじの1等賞金はどんどん上がってるし、競馬も昔にはなかった超高配当の射幸性激高の馬券を売ってますよね。それに関しては問題視しないくせに、ぱちんこやカジノの話になるとすぐに「依存症が心配」とかヤイノヤイノいうアホな法律家や自称ジャーナリストや自称有識者がいっぱいいるというのがほんとうに気持ち悪い。

 

結局、海物語を打ったこともなければジャグラーを打ったこともない、それどころかパチ屋に足を踏み入れたことすらおそらくない、馬券を買ったこともないしギャンブルで痛い目にあったこともない・・・っていう人がギャンブル依存症についてなんだかんだ言うのはナンセンス、ということなんでしょう。だから偏見と思い込みだけで依存症問題が語られる。

著名なぱちんこライターだのぱちんこブロガーだのは、依存症問題の不合理な取り扱われ方についてももっと異論を発信してほしいなあ・・・と思う次第。

 

検事長の話題からそれてしまいましたが、「余人をもって代えがたい」として定年延長した検事長が違法な常習賭博をやっていたということで、安倍首相は任命責任をとって(いつも、「責任は私にある」と言いながらなあ~んにもしないね!)やめるべきでしょう。

どうせやめないんだろうけど、我々国民はこれを次の選挙までちゃんと覚えておき、どこへ投票するかに役立てなければならないと思います。

-ギャンブル依存問題, パチンコ・パチスロ雑談
-, , , , , ,

Copyright© パチスロとせどりで認知症の親を養うブログ , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.