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新宿グリンピースの思い出

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まもなくパチンコ・パチスロの旧規則機が姿を消すことになっていますね。

ホールにおける台の入れ替えの負担も大きく、とくにパチスロは新しい台では客が呼べないのが明白になっているというのもあり、このタイミングで閉店という決断をするホールも多いようです。

そんななか先日ネット記事で、新宿駅南口にあるパチスロ専門店「グリンピース新宿本店」が来る1月31日をもって閉店するというのを知りました。

なんどか記事にも書いていましたが、2002年ころ、約10年勤めたブラック企業をやめスロプー生活に入った私が主戦場としていたのが新宿で、当時新宿に3店舗あったグリンピースさんにはとくにお世話になっていたのです。新宿本店が閉店すると、その3店舗のすべてがついになくなってしまうことに。

できれば閉店しちゃう前に打ちに行って当時を懐かしみたい。でもコロナ急拡大というのもあるし、現時点でのラインナップではわざわざ新宿まで(日帰りも可能だけどすると打つ時間がなくなっちゃうし)行くのもなあ・・・っていうのもあって、お別れをしに行くのは断念。

私がメインとしていたのは「新宿タワー店」だったんですが、そちらも知らない間に(2009年)閉店しちゃってお別れできなかった。

お別れ稼働しに行けないかわりに、新宿のグリンピースの思い出などを記事にしておこうと思います。まったく個人的な懐古記事です。

そこにいるだけで脳汁が滲み出た空間

2001年ころ。ブラック企業に嫌気がさしていた私は、仕事などはテキトーにすませて(もしくは部下に「あとはまかせた」と言って)「大花火」「アステカ」「ワードオブライツ」「コンチ4X」「獣王」などを打ちまくっていました。

午後から出勤の時は仕事行く前に近所のホールにあった「アンジェリーヌ」「ブルーラグーン」「ロイヤルエース」「紅蓮」などの裏モノのモーニングを狙ってから出勤、仕事が9時に終わる日でもそれからパチ屋に行って閉店まで打っていましたから、まさに依存症状態でしたね。

そんななか、パチスロ好きのバイトくんが「新宿で打ったことあります?グリンピースとかマジで出玉凄いですよ」と教えてくれたのです。

 

そうなのか。当時はインターネットの普及度もまだまだでしたから(ドコモのiモードが登場して利用者が拡大していったころ。私もそのときはiモードのサイトでしかインターネットを見たことがなかった)、情報源としては雑誌や口コミが重要で、そういうことなら新宿に行ってみようか、ということで初めて行ったのが歌舞伎町にあった「グリンピース新宿タワー店」でした。

地下1階から地上5階まですべてパチスロ。ほかのホールではなかなかお目にかかれないようなレア台も多く、打ったことのない台ばかりでした。まずはそのとき大好きで打っていたアステカやワードオブライツ、コンチ4Xなどが設置されていた3階へ行くと、まだ夕方にもなってないのにアステカでドル箱5箱くらい積んでる人を発見し、なんだこりゃスゲー!って思ったのを今でも覚えています。あのときのドル箱はカチモリすれば1,500枚以上は入るやつでしたからね、7枚交換とはいえ、私が打ってたホールではアステカでそんなに出してるの見たことなかったですから、かなり衝撃を受けました。

そして異常にテンションの高いマイクパフォーマンス。そういえば新宿本店のマイクは外まで聞こえていましたねえ。誰かが大当たりするたびに絶叫される。いま考えると相当にウルサかったはずですけど、当時はこれが楽しかった。自分がドル箱にメダル入れるときに「アステカ○○番台のお客さまあ~!ドル箱突入!ドル箱突入ビッグボーナススタートォォぉ~!!」とかアナウンスされるとすごくキモチよかった。MSガンダムの6をつかんだときはATに入るたんびに「おっとまたまたガンダムタイム!!」とかマイクで実況された。

そしてあちこちに高設定札が刺さってたり、各コーナーにはその機種の過去最高出玉が表示されてたりして、7枚交換ならではの出玉感をアピールする演出がてんこもり。こりゃあ凄い店だ・・と。もはやそこにいるだけで射幸心がバリバリに刺激され、脳汁が滲み出てくる感じ。現在では絶対に存在自体が許されないでしょうね。

台揃えも徹底的に豊富だし、イッパツで「この店に通ってみよう!」という気にさせられたのです。

通うのが楽しすぎた名店。明日はどんなことが起こるんだろう、という気にさせられた

ほどなくして私はブラック企業を退社。その時点では「パチスロで喰おう」などとはもちろん思ってなくて、再就職はどうするかなあ~といろいろさがしていましたし、すぐに再就職するつもりでした。

しかしグリンピースタワー店に通うのが楽しすぎて、再就職はどんどん後回しに。ほんと毎日楽しかったんですよ。ワンフロア丸ごと全6とか、前日に抽選での設定6プレゼント台だったのが翌日も据え置きだったりとか(それでMSガンダムの6を拾った)、ビックリする仕掛けがしょっちゅう施されていて、「なにするかわからない」という楽しさがあったのです。

爆裂出玉の思い出もたくさん。初めて万枚越えを体験したのはタワー店の4階にあった「サイバードラゴン」(設定5or6札が刺さった)でした。

はじめて万枚越えを実現した台の思い出

自己最高の約18,000枚をたたき出したのはタワー店で打った「アントニオ猪木自身がパチスロ機」の設定6。

自分史上パチスロ最高出玉の思い出

設定6をつかんだ(もしくは抽選で当たって打たせてもらった)のはもう書ききれないくらい。獣王、ネオプラネットXX、コンチ4X、エキゾースト、鉄拳、スペックA、吉宗、ナイツ、ディノベイダーB、キングパルサー等々・・・。コンチ4Xの6(夜7時の抽選で当たった)ではクソも引けず大負けしたり。

↑これはスペックAの6をあさイチからつかんだときにパチリ。写ってないけどすでにドル箱が積みあがってます!6の札がブッ刺さったときのドヤア感は、今となってはなかなか味わえませんね。

ナイツのコーナーが「全台設定3以上」で、私の台が8,000枚くらい出て隣の台が撃沈して、ひょっとして俺の台5か6?とか思ってたら設定公開では「3」で隣の台が「5」だったり、ワードオブライツの6投入予告日にクソハマリ連発でヤメた台が実は6だったり・・・などという体験もたくさんして、設定推測というものがいかに難しいことであるかを骨の髄まで学んだのもタワー店。

そして目押しを鍛えられたのもタワー店。タコスロやクランキーコンテストなどはどれだけやっても上手くならなかったけど、ディノベイダーBやウルトラマン倶楽部なんかは最初全然できなかったものが練習によってできるようになって、上達する喜びを味わえた。だから飽きなかったんだな。今のパチ屋だと上達するもへったくれもないですよね。ちょっと稼働しなくなるとすぐ外しちゃうし。パチンコでは技術介入禁止とかアホなこと言うホールばっかりだし。

 

↑古いガラケーで撮った写真ですから画質はスミマセン。これはタワー店地下の猛獣王で万枚出したとき。こんなシーンが毎日のようにあっちこっちで見られました。

そしてすぐ近くにあった「グリンピース5歌舞伎町店」と、新宿駅南口の「グリンピース7新宿本店」にも足をのばすように。

等価交換の歌舞伎町店は地下のバラエティコーナー「スロ横」が楽しくて好きでした。ガメラやファウストやポルカノ2などの高設定を打たせてもらいました。いちばん奥にあったキャッツアイはいつも誰かが打っててなかなか座れなかった。2014年の閉店の直前に1回行って、そのときは「走れメロス」を打ったら店員さんがゲーム性を説明しに来てくれました。いい店だったのになあ。

南口の「新宿本店」は、歌舞伎町からだとちょっと歩かなきゃならないので、私の優先順位は下の方だったんですけど、「レア台の聖地」という謳い文句通り、21世紀になってもまだ2号機スーパーバニーガールや3号機コンチネンタル3なんかが打てて楽しかった。新宿本店ではなぜか痛い目にあってばかりだったんですけどね、不二子2や花火百景や旋風の用心棒やアステカの456台をつかんだのは覚えてますが、なぜか大撃沈ばかりでした。

南口の本店の入場抽選の開始時間は9時でタワー店の抽選の開始が9時15分だったので、どちらもアツいという日には本店のほうに早めに並んで抽選を受けて、ダメな番号だったら猛ダッシュでタワー店へ行きそちらでも抽選を受けたり。よくあんな元気があったなあ。ほんと若かった。

親の介護が始まるまで通い詰めた思い出の地。なくなるのは寂しい

そんななか2003年には再就職したんですが、勤務地は都内だったので休みの日には新宿通いを継続。4号機末期にはスペックA、5号機時代が始まったころには、個人的にノーマル5号機最高傑作と認定している「新世紀エヴァンゲリオン」(初代)をタワー店でひたすら打ちたおしました。

そのようにしてサラリーマンスロッターを数年続けたのち、母の認知症が判明し会社をやめて親と同居することになり、私の新宿通いは終わったのです。

あの新宿にグリンピースは1件もなくなるのかあ。調べてみると当時の新宿歌舞伎町界隈にあって私も行ってたパチ屋も多くがすでになくなっていて、時の流れというものを感じます。盛者必衰というのはどんな世界でも真理であり、あれだけ流行っていたパチスロが今となってはこの体たらくなのも、なるべくしてなったということなんでしょう。

しかしできれば、世の中的にパチスロが流行らなくても構わないから、それでもパチスロが大好きなマニアックなスロッターたちの集う場所として、グリンピースみたいなホールには生き残ってほしかったなあ。

業界は今後ますます苦しくなるでしょうが頑張っていただきたい。たくさんの思い出をくれたグリンピースの方々には感謝申し上げ、このへんで終わります。

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