権力に執着したり、引き際を知らなかったりする老人をみるにつけ思うこと

   

日本ボクシング連盟とその会長・山根明氏をめぐる一連の騒動。

山根氏の強烈なキャラクターが注目され、

メディア側としてはもっと話を引っ張りたいところでしょうが、

早々に「辞任いたします」となってしまいました。

これで幕引き・・・となってしまっては

問題の解決にはならないわけで、引き続きその動きには注目したいですが、

この騒動に関する報道をみていて思ったことをちょっと書いておきます。

ただ思うことをズラズラ書くだけですので、興味がない方はスルーしてください。

たしかに、ある意味での迫力がある人だが・・・

反社会的勢力との付き合いがあった、という報道もありましたが、

その見た目といい、さまざまな場面で「証拠」として出ている音声といい、

本人が反社会的勢力の一員であったとしてもまったく違和感がない、

そういった意味での迫力はある人ですね。

 

それに、自分のことを「カリスマ」「男」「一匹狼」とか言っちゃうところは、

しょうがない人だなあ・・・という印象しかもてませんね。

自分で自分をこんなふうに言っちゃう人は、

たいがい他人からはそう思われてないことがほとんど。

 

しかしまあ、いかに迫力があろうが、

よくみてみれば78歳のおじいちゃん。

マスコミにヤンヤヤンヤ追っかけられて、

奥さんに気遣われている姿は、

まさにおじいちゃんそのものにしか私には見えませんでした。

身から出たサビ、かもしれないけれど、

78歳の心身には相当にこたえる状況なのでは?と心配になります。

 

でも、本人はおそらく自分が年寄りだとはまったく思っていないんでしょうね。

そういう意識があるんであれば、「ワシが会長の山根や!」とばかりに

権力を濫用してデカいカオをしつづけようとは思わないはず。

後進に道を譲ることを考えるでしょう。

 

山根氏のように、後期高齢者くらいになっても「オレが、オレが」と

傲慢に自分の力を誇示して好き勝手やろうとする年寄りはどこの世界にも存在しますね。

政治家なんてそんなのばっかりだし、

企業にも80過ぎてなお影響力を維持しようとして居座る人がたくさんいます。

年をとってもそれだけの能力があるんであれば問題ないですが、

いわゆる「老害」と言われるような傲慢な人たちをみるにつけ、いつも思うことがあります。

どうせもうすぐ、「若造」の助けなしでは生きられなくなるのに

山根氏は、

ロンドンオリンピック金メダリストの村田諒太選手に

「古き悪しき時代の人たち」と批判され、

「若造が生意気な」みたいなことを言って怒ったそうですね。

 

まあ、私も若い人を見て「ガキが生意気な!」と思うことはあるので、

その気持ちもわからなくはないけれど、

しかしもうすぐ80にもなるという人が、

自分の権力や地位を守るためにこんなことを言うのを見ると、

「どうせもうすぐ『若造』の助けを借りなければ生きられなくなるのに・・・」

と思ってしまうのです。

 

母が老健(老人保健施設)にいたころ、

山根氏と同じくらい体格はガッシリしていて、

なにかというとすぐに大声を出すおじいちゃんがいました。

カオをみると、おそらく元気なころは山根氏と同じように

押しが強い感じで剛腕をふるっていたんだろうな、と思わせる人でした。

 

しかしそんな人でも、ちょっと目を離すと座ったまま居眠りしていて、

椅子の下をみるとおもらししちゃったりしているのを何回か目撃しました。

そして、職員さんに連れられて下着を替えにいく。

この人は認知症があったのでこんな感じでしたが、

たとえ頭がはっきりしていても80近くになれば

身体がいうことをきかなくなって

他人の介助が必要不可欠になる日がもうすぐやってくる。

それは山根氏であろうとも例外ではないでしょう。

 

山根氏や一部の老政治家のように、

年老いても傲岸不遜な人間というのは、

そういうことを考えたことがないのかな。

自分が権力をもっていたころに

「若造が!」とアゴでこき使ってバカにしていた「若造」たちに、

数年たってからだが動かなくなったときには

頭をさげて下の世話をお願いすることになるかもしれないのに。

ていうか長生きすればするほど、「若造」にオムツを替えてもらうことになる可能性が高まるのに。

 

それを考えたことのある人間であれば、

年老いてから若い人に対して傲岸不遜な態度をとることはないだろうと思うんですよね。

生きているのはすべて他人のおかげである、と気づき、

年をとればとるほど謙虚になる、のが正しい姿なのでは。

 

若い人も同じように、

いま生きていけてるのは年長者のおかげであり、

そして自分も将来必ず老いさらばえる、ということが理解できていれば、

高齢者に対して「お荷物」だの「生産性がない」だのという言葉は吐けないはずでなのですが、

若いということはすなわち未熟ということ(もちろん私も同じ)ですから、それはしょうがない。

 

年老いて衰えることは

どんな権力者であろうが金持ちであろうが絶対に避けることはできない。

私などはそれを考えると、

一生懸命にカネを稼ぐことも

出世して権力をつかむために必死になることも

すべて無限に虚しいと思ってしまうのです。

権力などもっていたところで、

どうせすぐに年老いて、必ず死ぬのに。

 

どれだけ頑張って権力をつかんだところで、

年老いて衰えればその権力はいつか奪われる。

どれだけ頑張って金持ちになったところで、

あの世へはカネをもっていくことはできない。

年をとって心身が不自由になれば「生産性がない」「お荷物」などと若い世代から言われ、疎まれる。

 

権力やカネなどその程度のものでしょう。

いや、権力やカネがその程度のはかないものだとわかっているからこそ、

それを守ろうとしてみっともない姿をさらしてしまうのか。

80近くにもなったら、どうせもうすぐ死ぬ、と考えて

チカラやカネへの執着というものは薄まっていくものだろう、と思っていましたが、

チカラやカネをたくさん持っていればいるほど、それに執着するものなのでしょうか。

 

もちろん、「どうせ死ぬ」からこそ死ぬまでのあいだに

頑張って「なにか」を成し遂げるべき・・・と考えるのが人間としてあるべき姿なんでしょう。

 

そんなことを考えながら、山根氏のことをおもしろおかしく伝えようとする

ワイドショーなどをみていました。

 

あ、補足しておくと、

78歳だからって「トシなんだから引退すべきだ」というのは

年齢差別ともいうべき考え方で、

ほんとうは言ってはいけないことだと思っています。

78歳でも山根氏にそれだけの能力があるんであれば

働いてもらうべきだと思いますけど・・・そうは思えませんね。

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