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パチスロとせどりで認知症の親を養うブログ

認知症の進行をふりかえってみる

自分の便を隠す母~施設に入ってもらう決意をする~

更新日:

久しぶりに私の母の認知症の進行について振り返る記事を。

前の記事→認知症の周辺症状の話③~徘徊で警察に出動依頼、そして・・~

で、徘徊で行方不明になった末に警察に見つけてもらった話を書いたんですけど、

その後さらに問題行動はエスカレート。

認知症の進行はものすごい加速をすることになります。

今回の記事はキッタない描写を含みます!お食事中の閲覧はご遠慮ください。

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家のトイレの場所がわからなくなる

このころは週に4~5日くらいデイサービスに行ってもらって、

その間に私は家事をやったりせどりの仕事をしたりパチ屋で稼いだりしていました。

で、デイサービスから帰ってきたら、とりあえずトイレなどをさせて一服して、

それから犬の散歩したり買い物に一緒に行ったり、とかしていたのですが、

徘徊や睡眠障害など周辺症状が激しくなってから、

どうもトイレがうまくいかなくなってきました。

 

まず、トイレに行こうとしているのに、トイレがどこかわからずウロウロしたりする。

おそらく、私に「トイレどこだっけ」と訊くのが嫌だったか、

もしくはわからないのを悟られるのが嫌だったんでしょうけど、

無言でウロウロする。

 

様子をみて、ああ、トイレの場所がわからなくなっているんだなとわかりましたので、

「おかあさん、あっちだよ」と、教えてあげていました。

わからなくなるのは毎回ではなくて、ちゃんとひとりで行けることもあったりで、

どうしてもわからないっぽいときだけ声をかける感じで、

しばらくはそのようにして、問題なくトイレを済ませていたのですが・・。

部屋がなんとなく臭い

そんな日々のなか、母と私が寝ている寝室が、

なんとなく、というくらいのレベルで、便のニオイがする日が続くことがありました。

漏らしているのかな?と思ったのですが、違う。

私が好きで食べているクサヤのニオイか?とも思ったが、違う。

 

で、あるとき母の服をさがしてタンスをいろいろ漁ったとき、

ティッシュを丸めたようなカタマリがそこにありました。

なにこれ?と思って中を確かめるとそこには黒くて臭いアレが・・・。

しかもそれがひとつだけではない!

ええ~まさか。なんでこんなことすんの?

他の場所にもあるかもしれないと探してみましたが、いちおうそこだけでした。

 

このときは驚きました。その時点では犬のウンチをもってきたんじゃないか、

という可能性もなくはなかった(まだかろうじて犬の散歩はひとりでできていた)

ので、犬の散歩から帰ってきたら身体検査をし、

さらに、トイレから出て来たら丸めたティッシュとかを持っていないかを確認する、

ということを徹底するようにしたのです。

このようにして、日に日に目を離すことができなくなっていきます。

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便をポケットに入れて歩く

しかし、またまた母の周囲がなんとなく臭い。

今度は体からニオイが発散される。

手のニオイをかぐとやはり臭いので、ああ、また隠そうとして便をいじったのかな、

と思って手を洗わせたりしました。

でも臭い。で、どこが臭いのかよくよく調べてみると、

ズボンのポケットの中に丸めたティッシュの固まりが・・。

そこからは茶色くてまだ柔らかいアレがはみ出ししていて、

ポケットの中はすでにアレまみれに。

それをさぐった私の手もアレまみれに。

私は心底びっくりして、「なにこれー!!」と叫んでしまいました。

ただでさえ言うことをきかずに勝手にどこかへ行こうとしたり、

夜は寝ないでガサガサしてばかりで寝かせてもらえなかったりで毎日毎日イライラしていた私は、

このときばかりはもう殴りたい衝動を抑えきれず、

しかし殴ると確実に死んでしまうので、代わりにタンスとかをぶち壊してしまいました。

 

この時以降、ひとりでトイレをさせるのは危険だと思って、

家のトイレでは扉を全開のままで用を足させ、

外出先では身障者用のトイレをさがして、そこに私も一緒に入って監視するようにしました。

トイレの使い方がわからない

しかし、トイレに一緒に入られたり、みられたりするのは

プライドが許さないようで、なかなかズボンをさげようとしなかったりします。

そこで強引にさせようとするとまた怒る。

なので最初のうちは、トイレに案内し、便座に座ったのを確認したら

扉を閉めるフリをしてちょっとだけ開けてその隙間から覗いていました。

 

すると、ウ〇コを隠したりポケットに入れたりする理由が理解できました。

用を足すのは大丈夫なんですけど、その後始末の仕方がわからないのです。

つまり、流したいんだけれども、そのやり方がわからない。

しかし、そのままではいけないということはわかっている。

そこでなんとか始末をつけるために、

〇ンコをティッシュにくるみ、とりあえずポケットに入れる。

トイレから出て、そのウン〇をポケットに入れたことをおぼえていれば、

ゴミ箱に捨てるなりタンスにしまうなりする。

忘れてしまえばそのままポケットの中に・・

という流れになっていたのです。

認知症の人の心理がわかってなかった

このときには理解できませんでしたが、認知症になっていろいろなことがわからなくなると、

それを人に知られたくない、気づかれたくないという心理が働くようです。

「どうやって流すんだっけ・・忘れちゃったのよ。」と息子に訊く、

というのは、そういう意味でなかなかできないのです。

それがわかってなかった私は、ウ〇コを隠す母に、

「なんでこんなことすんだよ!!」と怒鳴ってしまっていたのです。

そのころはなにかというとすぐに母に対して大声を出してしまっていて、

いま思い出すと、ひどいことを言った、という後悔の念で死にたくなる

(そのときも死にたくなりましたけど、それ以上)のです。

 

母の認知症が進んでしまってから、やっと気がついたこと の記事で同じようなことを

書きましたが、いまの母の状態

(会話不能、歩行もひとりでは不能、尿意を感じない、なにに対しても興味ゼロ)に比べれば、

自分で尿意を感じてトイレに行き、自分で用を足し、自分が出した便をなんとかしようとする、

という一連の流れがどうにかできていた、というかできてないんですけどやろうとしていた、

というのは凄いことだったのです。

 

あのときはこんなこともできていたんだ、と思うと、

「たかだかウ〇コを隠したりするくらいのことで、どうして怒鳴ってしまったのか!」と、

ひたすら後悔しかしないのです。

いずれ自分でトイレに行きたいと感じることもできない状態になる、

ということが薄々はわかっていながら、なぜ、

「おお~、まだ自分で排便できる。たいしたもんだ」と考えることができなかったのか。

若いころを基準に考えるとつらい

元気だったころの母を基準に考えることしかできなかったんだろうと思います。

いまの、異常な行動すらもなにもできなくなった母を基準に考えることができていたら、

多少のことはなにも気にならないはずだったのです。

 

母のいる老健の認知症フロアにはいろいろなレベルの認知症の方がいますが、

ウロウロ歩いている人とか、デカい声で騒ぐ人とかをみると、

「元気でいいなあ・・」と心底思うわけです。

私の母がウロウロしていたころは、ジッとしてくれないことに

私もイライラしていたのですが、それができなくなってからは「あのころはよかった」と思うのです。

なんと勝手なことか。

 

だから、ウロウロして徘徊したなら、まだまだ歩ける!元気でよい!と思うべきで、

ウン〇を隠したら、とりあえず「自分で用が足せてよかった」と考えるべきだった。

そのうえで、私や周囲の人に迷惑になったりしない方法を考えるべきだった、

といまは感じています。

 

いすれにしろ、このようなウ〇コの不始末が数回続き、

父の病気やそれに続く死去、葬儀なども重なった時期で、

私はもう精神的に疲れ切っちゃっていました。

こういう話を電話で兄にしたりしましたが、

他人事のように聞くその態度にブチキれ、電話を叩きつけて壊しちゃったりとか、

言うことを聞かないうえに夜は寝ず、しかも反抗的な母に

キレて怒鳴ったり、家の壁や家具を壊したりしたりが多発し、

やばい、このままでは俺自身が精神的に崩壊する、そうなったら母になにをするかわからない、

と思い始め、早々に在宅介護をギブアップすることにしたのです。

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