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認知症の母:特養へ入居してから6年半。

私の母は特別養護老人ホームで生活しています。

特養へは2017年の4月ころに入居。だからもう6年半ほど。その前は1年半ほど「老人保健施設」に入っていましたから、自宅をでて老人福祉施設にお世話になるようになってから、まもなく8年ほどになります。

認知症と診断されてからもう15~16年くらいになるか。アルツハイマーは確実に寿命を縮めるという話は最初から聞いていましたから、正直いってここまで長生きしてくれるとは思ってなかったのです。

認知症をもちながら生きるというのはどういうことか、健常な(?)脳をもつ身としてはなかなか想像がつきませんが、私の母はコミュニケーションが不可能になってもう数年。自分の意思を表示できず、どこかが痛くてもそれを訴えることができず、ただひたすら座って寝て過ごす生活を続けてきた。それはとてつもなく苦しみに満ちた生活だったでしょう。それを思うと、元気なあいだにあれやこれをもっとしてあげればよかった、もっとやさしくしてあげればよかった、こうなるとわかっていたなら多少の物忘れや失敗くらいのことでギャアギャア騒いだりしないで自由にさせてあげればよかった・・・などという後悔ばかりになり、胸が苦しくなってくるのです。

今回は「この時期の母はこうなってた」という私の個人的な備忘録です。ぱちんこの話はありませんが、誰もが認知症になるまで長生きできるようになったこの時代、「認知症も来るところまで来るとこうなる」ということは知っておいたほうがいいと思いますので、できれば読んでいただけるとうれしい。

すでに数年前には「これ以上悪くなりようがない」ところまで来た、と思っていたが・・・

私の母が特養に入居した6年半ほど前。記事を読み返してみるとそのころは、

 

・たまになにかをしゃべることもあるが基本的に意思の疎通は困難

・支えてあげればヨチヨチという感じで歩ける

・(よく覚えてないがお箸やらマグカップやらを入居の時に持って行ったからたぶん)箸やスプーンを使って自分で食べられた。

 

という状態でした。

特養に入る前、老人保健施設にいたころは、勝手にあちこち歩きまわって転倒したり、男性入居者に手当たり次第に「おとうさん」と声をかけ(体がデカい男性は全部夫に見えたようです)世話を焼きたがったり、とにかく落ち着きがなく、「この状態では特養では安全が保障できない」と言われていたのですが→申し込んでいる特養から電話が来た③~決断を迫られる~、いよいよそれもできなくなってすっかりおとなしくなり、そのタイミングで特養に入居したのです。

それから年月が経ち、言葉を発することはまったくなくなり、自力では起き上がることすらもできなくなり、スプーンで食事をすることすらもできなくなりました。

思えば母の(母だけでなくみんな同じでしょう)認知症の歴史は「だんだんなにかができなくなる」ということの繰り返しでした。そしてなにかができなくなるたびに私は絶望した。

ほんとうは本人がいちばん絶望感を味わっていたはずで、その苦しみを理解してやれずにちょっと失敗すると怒ったりしたことを私は死ぬまで後悔し続けるだろうと思っているんですけど、認知症というのはそういうものであり、だからこそ「今できること」を大切にしなければならないのです。私にはそれがわからなかった。

で、ついに完全に寝たきり、意思を表示することも不可能、食事はシリンジで口に入れてもらわないと不可能→認知症の母:スプーンでの食事が困難に。となった母をみて、「ついにここまで来たか。これ以上悪くなりようがない。すると、なにかができなくなって絶望するのももう終わりか」と思ったのがもう4年くらい前。

しかしその4年くらい前の写真なんかをみてみると、いまとは全然違うことにビックリしてしまう。4年くらい前は、「表情」というものがなんとなくあって、目が笑ってるようにみえる、と感じられる写真なんかもあったんですが、いまとなってはそういう「表情」はない。たまにみせるのは、どこかが痛いのかな、と思わせるような、苦しそうな様子だけ。なにしろ目つきが全然違う。4年くらい前にはその目には「精気」というものが(今と比較すれば)感じられる。

もうこれ以上は悪くなりようがない、と思っていたのは間違っていた、と痛感。おそらく今後さらに無表情になっていくんでしょう。今のところ目や耳はちゃんと機能しているようですが、こちらの呼びかけや動きにまったく反応しなくなる日も近いのかもしれない。

「なにかができなくなる」ということはもう起こらない、というのも間違っていた

それと、もうなにもできないんだから、なにかができなくなって絶望するなどということもない、と思い込んでいたのも間違ってました。

寝たきりになってもう長くなり、手足を動かすことがない(定期的に理学療法士さんがきて動かしてくれているようですが)ので、手足はどんどん拘縮。縮こまった状態で固まってしまい、動かせる範囲は時間の経過とともに小さくなってきています。4年ほど前の写真では姿勢がわりとまっすぐだったので車いすにふつうに座っていましたが、今はリクライニングのきく車いすでないと転がって落ちてしまう。

手の指もつねに握ったままだから手をひらくのもムリになり、握りっぱなしで手のひらが蒸れて湿疹になったり。動かさないところの皮膚はしょっちゅうトラブルになっている。

関節を動かすという、数年前にはできていたことができなくなったわけです。こうなるのがわかっていたら、もっと会いに行って手足を動かしてやるだけのことだけでも一生懸命やってあげればよかった。

 

このへんはコロナで面会や外出を制限されたことで一気に悪化したお年寄りも多かったでしょうね。感染症をおそれて自由な行動に制限を加えたのは(少なくともコロナ最初期は仕方がなかったってのは理解するとしても)やはりデメリットのほうが大きかったんじゃないか、と。コロナコロナ!高齢者は重症化リスクが!と延々と大騒ぎして「高齢者の自由や生活の充実なんかよりも感染症を防ぐことのほうが大事」という意識を福祉関係者のみならず大多数の国民に植え付けた「専門家」とかいう売国奴らの罪は重い。「自由」というものの価値が日本人にはわかってないということ、日本人の人権意識がいかに低レベルかということがコロナ禍によって明らかになりましたねえ。それでもそれを反省しようっていう動きや言説はまったくみられない、ってのが悲しすぎる。大多数の高齢者施設はいまだに面会や外出に制限を残してますもんね。

コロナのことはともかく、まだまだ私の母の生活機能の喪失は続いていくんだな、と。それについて今の母はどう感じているのか。ひょっとして自分の状態を認識していてその苦しみに耐え続けているのかもしれないし、なにも感じてないのかもしれない。それはわかりませんが、いつかは口から飲み込むことができなくなったり、生存に必要な機能が失われ、命そのものが失われる日が必ずくる。

面会に行って、お人形のようにいつも同じ姿勢で車いすに乗っている姿をみると、その日ももう遠くないのかな・・と感じる日々です。本人が苦しんでいるとするなら「早く終わってあげてほしい」という気もするけれど、子としては「まだまだ頑張ってほしい」とも思います。

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