横綱審議委員会は解体するべきだ①~横綱昇進基準は見直したらどうか?~

      2017/11/27

横綱稀勢の里誕生で沸いた大相撲。

大方のファンは稀勢の里の昇進を歓迎する方向のようです。私もそうです。

しかし、一部には「優勝1回で横綱なんて甘すぎる」

「前の場所に3敗もしてて優勝争いに絡んでない」

「日本人横綱待望の空気に押された」など、

昇進を疑問視する声もあったようですね。

一般のファンがこうなってしまうのはまあしょうがないんですが、

横綱審議委員会がこういうファンと同じレベルでものを言っていることにはとにかく呆れた。

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「2場所連続優勝~」とかいう基準がすべての元凶

今回の稀勢の里の昇進の過程をみていて思ったのは、

「2場所連続優勝もしくはそれに準ずる成績」という、横綱昇進の目安について。

以前に、この基準でもいいけれどそれなら八百長をもっと厳格に取り締まれ、

ということを書いたんですけど

ここぞというときに勝てないのはガチなら仕方ない。がんばれ稀勢の里!

この考えは間違っていたと今は思っています。

 

やはり、この内規はどう考えても撤廃するべきだ。

 

これに基づいて考えると、2場所連続優勝「さえ」してしまえば、

ほんとうはたいした実力がなくても、横綱になれちゃうことになりますね。

まあ、大関にまでのぼりつめたこと自体がものすごいことではあるんですけど、

横審や世間一般はさらに神がかり的な強さを横綱に要求する。

 

ガチで2場所連続優勝などということがどれだけ至難なことかは、

当然力士や親方たちはよくわかっているはずです。

しかし、それ「さえ」成し遂げれば横綱になれる。

横綱になりさえすれば、力士本人はもちろん、所属する部屋、師匠、さらに相撲協会、

後援会や地元の人など、関係する人たちにはものすごい恩恵が生まれます。

それだけ影響力のある、横綱を生むか否かという判断が、

たとえばあと1回勝てば横綱、負ければすべてパアという場面でされるとすれば、

星を買おうと考えても無理はないわけです。

仮に力士本人が意図しなくても、周囲がほうっておかないでしょう。

もうお前ひとりの問題じゃないんだよ、というわけです。

力士が知らないところで、師匠が相手力士に「転んでくれ」と交渉するかもしれない。

 

先代宮城野親方(元十両金親)が、白鵬の横綱昇進のために八百長工作をしたと話すテープを

その愛人がバラしたという事件もあったし、

誰とはいわないが「ここぞ」というときには不自然な相撲が多発する横綱大関は多い。

 

これを擁護するつもりはありませんが、2場所連続優勝「さえ」してしまえば、

莫大な富と名声を手に入れられるのだから、賢い人なら

あの手この手でなんとかしようとするのは当然でしょう。

そういう人たちから見れば、稀勢の里は「ただのバカ正直」ということになる。

「横綱は宿命」発言

ちょっと話は逸れるけれども、白鵬が

「強い人が大関になる。宿命のある人が横綱になる」とか言ったそうですね。

個人的には、なにが言いたいのかよくわかんなくて、

ただカッコいいことが言いたかっただけじゃねえの、という感じ。

人間はテングになると名言を残したくなるようです。稀勢の里はこうならないように

白鵬を反面教師としてほしい。

 

白鵬は「稀勢の里にはまだ足りないものがある」という意味で言った、と

解釈されていますね。まあ白鵬の意図はどうでもよくて、

つまり「強いだけでは横綱になれない」という意味では、正しいことを言っていると言えますね。

 

ものすごく強くても、たまたま、15日間という短いスパンでの成績が一番よかった、という

ことが2回続かないと、横綱にはなれない。

仮に、12勝3敗を5年間続けて、勝率8割をマークしたとしても、

毎回毎回たまたまそれよりもいい成績の力士がいて優勝できなかったら、横綱にはなれないのです。

(ちなみに横綱時の勝率8割超えは、優勝20回越えのいわゆる大横綱しか成し遂げていません。)

 

12勝3敗を1年間続けると72勝18敗。すごい成績ですよね。

年間72勝が、仮に13-2、11-4、11-4、9-6、14-1(優勝)、14-1(優勝)なら横綱昇進ですが、

もし内訳が 12-3、12-3、12-3、12-3、12-3、12-3で優勝なしなら、

横綱にはなれないのです。どちらも勝率8割の驚異的成績なのに!

 

安定して強くても横綱になれない。

相撲のことなどなにも知らない人にもアピールする、目立った成績を上げないと横綱になれない。

でも、とにかく2場所連続優勝「さえ」してしまえば横綱になれる。

こんなバカバカしい状況だったら、じゃあ星を買うか、となってもしょうがないでしょう。

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ナベツネの慧眼

読売新聞グループ本社代表取締役主筆である渡邊恒雄氏は、

貴乃花の横綱昇進が議論されたとき横綱審議委員で、

私の記憶違いでなければ、こんなことを言っていました。

「2場所ではなにもわからん。1年や2年みなければ」

出典が残っていないので、詳細はわかんないんですけど、つまり2場所くらいではだめ、

もっと長いスパンで判断しなければ、ということを言っていました。

 

当時は、「なにいってんのこのオヤジ」と思っていましたが、

いま考えるとこれは慧眼だったというしかない。

2場所とかいうスパンなら、まぐれで勝ちまくったり

星を買いまくったりすればなんとかなっちゃうでしょうが、

1年とか2年とかいう長期間ならそうはいかない。

ほんとうの実力は、長いスパンでみないと判断できない、ということです。

 

結果だけをみて判断すれば、そういう目で横綱昇進を判断したなら、

たぶん横綱にはなっていなかった力士もいるでしょう。

それでいいんじゃないか。横綱の質が上がり、権威が増すことになるんじゃないか。

少なくとも、「2場所連続優勝」という基準で判断するよりは、

「なんちゃって横綱」が生まれる可能性はぐっと低くなるはず。

 

「2場所連続優勝」は神業であって、無理難題というほかないんですけど、

「どんな手を使っても2場所連続優勝さえすれば」というふうに考えてみると、

逆にそれは甘い基準だ、と解釈することもできます。

 

別に急いで横綱をつくる必要もないし、番付上は横綱はいてもいなくてもいいわけです。

ガチ相撲が多くて土俵内容の魅力があれば、横綱という地位の力士がいなくても客は入るはず。

稀勢の里の昇進は甘くもないし、時期尚早でもない

そういうわけで、長いスパンでの安定感を評価されて昇進となった

稀勢の里について、優勝1回だからダメだの、初場所は上位が休んでたからダメだの、

九州場所は準優勝だったけど2差だからダメだの言うのは、

いかにも視野の狭い、近視眼的な見方であって、

いままでの「2場所連続」という基準のほうがおかしかった、というべきなのではないか。

 

まあでも、こればかりはあとになってみないとわかりません。

「安定した成績」で横綱になった稀勢の里がまた大不振に陥ったりすれば、

短期的な成績にしか興味のないファンや横審には「ホラやっぱり!」と言われてしまうだろうし。

 

いずれにしろ力士の評価は、短期的な星勘定だけでされるべきものではないと思います。

近世の歴代横綱の昇進前の成績を見比べると、数場所というスパンでみれば

どの横綱も大差はない。でも、昇進後の活躍には差がでるわけです。

 

星勘定だけでなく、それ以外の数字に表れない、

「品格」などともいわれるあいまいな部分、

そういうところを、きちんと考えてくれるのが横綱審議委員会の役割だと思うんですけど・・・。

それができない横審はいらない、ということを書きたかったのですが、

長くなってきたのでもうひとつ記事にします。

横綱審議委員会は解体するべきだ②~横審が相撲をつまらなくしている~

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それではまた。

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