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続:「アクセルとブレーキの踏み間違い事故」について思うこと

「アクセルとブレーキの踏み間違い」による交通事故の話、あいかわらずけっこうな頻度で耳にしますね。

私が住む地域は「ド田舎」ではないにせよ「都会」というわけでもなく、バスなんかは夜8時には終わってしまい最寄り駅も無人駅っていうくらいの田舎だから自動車が生活必需品で、するとこの手の話題には敏感に反応してしまう。

このペダル踏み間違い問題についてはこれまでにもさんざん書いてきましたから「またかよ」と思われる方もいるでしょうが、これについては私は「クルマそのものに問題があるのだから、メーカーがなんとかするべきこと」という認識で、これ系の事故が起こるとまるで反射のように「高齢者は免許返納を」としか言わない単細胞な人をみるとなんともいいがたい怒りと絶望を覚えるのです。

これまでにも何度も書いてきたことをくりかえしますから「同じことを何度もうるせえな」と思われる方は読みとばしていただきたいですが、世の中が一丸となってこれを「高齢者のせい」にしてすまそうとする流れをみているとなんとも我慢できない。じっさいそれは大筋において間違っているし、高齢者を交通社会から排除したとしても自動車の機構がいまのままであるかぎりペダル踏み間違いによる悲惨な事故はこれからも起こり続ける。

ペダルの踏み間違いは誰でも起こす可能性があるのだが・・・

公益財団法人 交通事故総合分析センター のサイトにこういう統計が載っていました。

 

 

これを見ると、「ペダル踏み間違いによる事故件数」は、一般的に「高齢者」とされる65歳以上が3,950件になっている。で、64歳以下の件数の合計が5,786件、ということに。あれえ~おかしいじゃないか。こうみると、起こす事故の性質は異なるものの、「ペダルを踏み間違う」というミスそのものについては、べつに高齢者特有のことでもなんでもない、若くてもふつうにやること、というのがはっきりわかる。

 

免許保有人口10万人あたりの事故件数の統計もありました。

24歳以下の若者が突出して多く、40~50代がいちばん少なく、75歳を超えると急激に増える。これも「免許保有人口」だから、免許もってて運転しないペーパードライバーが年齢別にどれだけいるのか考慮されてませんが、これをみるかぎり、「ペダル踏み間違い事故」は高齢者に特有の事故どころか、24歳以下の免許取りたての若者のほうがいっぱいやらかしてるというふうに読み取れる。認知機能も身体機能も圧倒的に優れている世代なのに!

 

ただし、下の「死亡事故件数」を世代別にまとめた表をみると、その踏み間違いが人をいっぱい巻き込むような重大な結果になる可能性は高齢者のほうが圧倒的に高いということも読み取れる。高齢者は「あっやべえ間違った!」というときにパニックになったりして適切な対処をすることができにくいからなんでしょう。

すると、「高齢になったら危ないから免許返納を」というのはまあ間違ったことではないわけで、行政は免許返納しても生活に困らないような施策を打ったうえで、後期高齢者といわれるくらいになった人たちには免許返納を促していくことは必要なんでしょう。

しかし、全世代がやる「ペダルを踏み間違えた!」という事故について、高齢者がやったときだけことさらに騒ぎ、「これだから高齢者は・・・」「ジジババはクルマなんか乗らねえで家でおとなしくしてろ!」で済ますのはどう考えても間違っているってのは明らかじゃないか。ミスそのものは年齢のせいで起こるのではないのだから、高齢者だけをやり玉に挙げてイジメてもなんの解決にもならない。

偏向報道に惑わされないように気をつけたい

ペダル踏み間違いは若かろうが年寄りだろうが誰でもやる可能性がある、しかし重大な事故になる可能性は高齢であればあるほどアップする。重大な事故になればそんな人の不幸を飯のタネにしようとするマスコミは(その加害者が高齢者であればなおさら)大騒ぎして報道する。

私がサラリーマン時代に勤務していたお店で、駐車場でアクセルとブレーキを踏み間違えて店のガラスをぶち破られた事故があったっていうのは以前に書きましたが、そのときの運転者は若い女性で、けが人がいなかったこともあってか、新聞には地方版にすらその事故のことは載らなかった。ちゃんと警察呼んで処理してもらったのに。そんなふうに、警察はその事件事故をマスコミに流すか流さないかを勝手に決める。マスコミは同じような事件でもそれが面白そうかどうか、重大かどうかで報道するかどうかを選別する。ってのは当然ですよね。世の中すべての事件事故を報道することは不可能なんだから。

「年寄りがペダル踏み間違えて事故!」なら喜んで実名入りで報道しても、たとえばもしも「スポンサーである巨大自動車メーカーの御曹司がペダル踏み間違えて事故!」なんてことになったら「いやいやいや、それは書くな。書いても実名は伏せろ」ってなるのがマスコミってもんですよ。自分たちに都合の悪いことは書かない、書いても扱いを小さくする。若者のペダル踏み間違い事故があっても報じないのも、それを報じると「ペダル踏み間違いは高齢者特有」という視聴者への刷り込みが崩れ、「ひょっとしてこれってクルマ自体に問題があるんじゃないか?」と疑念をもたれ、その結果スポンサーである自動車メーカーが迷惑する、という事態をさけるための忖度なんじゃないか、と勘繰りたくなる。

そういうマスコミが垂れ流す「またペダル踏み間違え!運転者はまた高齢者!高齢者の運転は危ない!」という偏向報道を国民が真に受け、「踏み間違い?そんなありえない間違いをすんのは年寄りだからだろ。年寄りはクルマなんぞ乗るな!」という空気が形成されていく。マスコミはスポンサーの自動車メーカーの不利益になるようなことは言えないから、ふだんエラそうなこと言ってるワイドショーのコメンテーターとやらも(じつはわかっているくせに)「これだけいっぱい起こっているのなら問題はクルマのほうなんじゃないか?」とは誰も言わない。「高齢者は免許返納を」とひとつ覚えを繰り返すだけ。

さっきの統計をみればわかるように、ペダルの踏み間違いは「ありえない間違い」ではない。なにか予測不能な事態に遭遇したりすれば泡食って間違える可能性は誰にでもある。

私は長年マニュアル車に乗ってきましたが、「いま何速に入ってるかわからなくなった」とか「ギアを入れ間違えた」とかいう、ふだんなら「ありえない」ミスをすることはけっこうあります。それはだいたい、ものすごく疲れていたときとか、なにか突発的な事態に遭遇したりとかいう時。それを思い出すと、「ペダルの右と左がわからなくなる」なんてことが一瞬でも起こることは、なにか泡食うようなことが起きたときならなくはないだろう、と想像するのです。

そういうふうに、「人間は誰でも間違える」という想像力があるなら、ペダルの踏み間違い事故について「高齢者は免許を返納しろ」で済まそうという発想にはならないはずだと思うんですけど。

人間は必ず間違える

一般社団法人 日本自動車工業会 のサイトには、驚くべきというか呆れるというか、このように書いてある(以下、同サイトから引用)。

ブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故が増えています。ニュースを見ながら「シニア世代の問題」と思っていませんか? じつは40代以下でも案外起こしてしまうペダル踏み間違いのうっかり事故。人ごとではないんです!

 

 

「うっかり事故」という表現にこの問題に関しての自動車業界の無責任さを感じるけれど、これをみるかぎり、自動車業界もペダル踏み間違いは「誰でもやる間違い」という認識をちゃんと持っているのがわかる。

で、そのあとに、常にペダルの位置を確認しようとか、ちゃんとした靴を履こうとか、フロアマットがどうとかそんな「踏み間違いの防止方法」が書いてあって、「みんなでうっかり事故をなくしましょう!」とノーテンキに終わっている。

 

いやいやいや、マニュアル車のギアの入れ間違いとかであれば「うっかり」で済む話だけれども、アクセルとブレーキの踏み間違いは「うっかり」で済まされない。そして人間は必ず「うっかり」する生き物であり、「気をつけよう」などと言ったところでほとんど意味はないのです。

どれだけ気をつけても「うっかり」は必ず起こるんですよ。世の中の多くの物事はその前提で考えられて動いている。自動車業界だけでしょその前提を忘れているのは。「うっかり」してもたいしたことにならないことなら「気をつけてね」で済ませていいけど、ぺダル踏み間違いの場合は「うっかり」で人を殺すこともある。その認識があるなら、自動車をつくっている立場なら「気をつけてね」と言うのではなく、「うっかり」踏み間違っても大事故にならないクルマをつくることを考えるべきじゃないのか。

踏み間違いはドライバーのせい、で済むと思っているから、こんなふうに「気をつけましょう」で済ますことができるんでしょう。なんて無神経なんだろう。私がもし自走車メーカーの経営者だったなら、自社の製品のユーザーが右と左を間違えただけで人殺しになるなんて思ったら気が狂うほど悩むと思いますけどね。なにを差し置いても、どれだけカネがかかろうとも、最優先でカイゼンしなければ、と考えるのがふつうの神経じゃないのか。まあ自動車メーカー得意の「カイゼン」ってのは、もっと儲けるためにやることであって、顧客の安全を守るためにやることではないんでしょうね。

 

もちろんペダル踏み間違い以外でも「一時停止の標識をうっかり見落とした」とか、「高速で入口を間違えてうっかり逆走した」などという「うっかり」が原因で事故が起こることがあるから、すべての「うっかり」をメーカーのせいにはできないしメーカーができることにも限界はあるでしょう。しかしペダルの場合は、どう考えてもいかにも「間違えそう」、ていうかそれを考案した奴は「間違えるかもしれないよね」と考えなかったのか、っていうくらいの作りになっていますよね。右と左、たったあれだけしか離れてないし、「踏む」という同じ動作で操作する。「うっかり」が起こることが前提で考えなきゃおかしいだろ、としか言いようがない。

踏み間違い根絶を目指すよりも、クルマ自体をなんとかする方向でいってほしい

JAFのサイト にはこのように書いてある。

オートマチック車の場合、アクセルペダルは右側に、ブレーキペダルはその左側と、2つのペダルが並んで配置されています。操作するときは、右足だけでアクセルペダルとブレーキペダルを交互に踏み替えながら操作することが一般的です。それぞれ「踏み込む」という同じ動作で操作するペダルが並んでいるため、踏み間違える可能性は年齢を問わずどなたでもありえます。

自動車メーカーがどういう認識か知りませんが、もしこれをわかっているならなぜそれを変えようとしないのか。いまさらマニュアル車を主流に戻すことができない(個人的にはそれがいちばんいいと思うけど)のであれば、上記のようなそもそも危険なオートマ車の機構を変えることを考えなければならないのでは。

 

「それぞれ『踏み込む』という同じ動作で操作するペダルが並んでいる」から間違えやすい、というのであれば、そこを変えるのがいちばんいい解決策になるはず。

都会では子どもから高齢者までみんな乗ってる自転車。免許不要で誰でも気軽に乗っているわりには、加速と減速を間違えたばっかりに事故!なんて話は聞きませんね。ペダルで加速、手元でブレーキをかける、というそれぞれ違う動作で操作するからでしょう。バイクは原付しか乗ったことないから知らないけどアクセルは「ひねる」、ブレーキは「にぎる」という違う動作だからこれもおそらく間違いはそんなに起こらなさそう。

そう考えると、自転車やバイクのようにアクセルとブレーキがそれぞれ違う動作なら、クルマでも「加速と減速を間違える」というミスは減らせるんじゃないの。

クルマもそういうふうに変革すればいいじゃないか。

 

自動車メーカーのマツダは、下半身の不自由な方のための、手ですべての操作をできる自動車を売ってるんですってね。そういう特別にあつらえる「福祉車両」は昔からあったけれど、マツダの「セルフエンパワーメントドライビングビークル」の場合は量産するつもりでやってて、しかも従来通りのペダル操作でも運転できるらしい。

マツダ MX-30 Self-empowerment Driving Vehicle

ハンドルの内側についてるリングを押すと加速、左側にあるレバーを押して減速するのか。難しそう?と思ったけれど、自分のクルマでイメージしながら運転してみると、慣れればそうでもなさそうな気もする。ハンデのない人の場合はブレーキだけペダルとかのほうがいいかな。

加速と減速どちらも「手で押す」という同じような動作と言えなくもないけれど、リングを母指球で押すっていうのとレバーを手のひらで押し込むっていうのは「同じ動作」とはとてもいえないくらいの違いがあり、しかもペダルと違ってすぐ隣同士にあるわけでもない。緊急時に「アクセルとブレーキを間違う」ということが起こる可能性は、絶対にゼロとは言えないとしても少なくとも従来のペダル操作よりはずっと低くなるでしょう。

 

これが「ペダル踏み間違い事故」の防止策の正解なんじゃないですか? マツダは障がいを持つ方のためにこれを開発したとのことですが、自動車業界は踏み間違い事故防止のためにこれの普及を推進するべきじゃないのか。

現時点では数的にそんなに売れないだろうから価格やコストの問題がありそうだけど、そこは政府が後押ししてやれよ。いっぱい売れればコストダウンもできるでしょ。そしてほかのメーカーはマツダに特許料を払ってでもこの技術を自社のクルマに採用して「踏み間違いがありえないクルマ」として普及に努めたらどうか。4兆円も儲かってドヤアなんてやってるトップのメーカーはスマートシティだのカーレースだのにカネ使わないで、こういうふうにほんとうにユーザーの役に立つことにカネを注ぎ込めよ。自民党のパー券買って奴らの詐欺の片棒を担ぐためには惜しげもなくカネを使うくせに、顧客の命を守る踏み間違い防止装置はユーザーに「不安なら自分でカネ出して買え」って言うんだからほんと呆れる。そのうえ安全性能の試験はごまかしで通過させて顧客を騙すんだからねえ。私ならそんな会社のクルマ、中国メーカーのクルマと同じくらい怖くて乗れませんけどね。

 

ともかく、人間は絶対に間違える生き物であり、そしてクルマのペダルの間違いはとんでもない大惨事になる可能性がある、という前提にたてば、「踏み間違いを防止する」という発想ではなく、「そもそもそんなことが起こり得ない」というモノにクルマ自体を変えるしかないのでは。

自動車メーカーなんてのは優秀な人間が集まっているもんだと思ってましたが、長年ペダル踏み間違いで悲惨な事故がたくさん起こっているのみて「ペダルふたつっていう機構そのものに問題があるよね。そこをカイゼンしよう」って言いだす人はこれまでにいなかったんだろうか。いやいたんだろうなあ。でも想像するに「そんなことしても売れねえし儲けにつながらねえだろ。儲かるカイゼンを考えろ」っていう話になってしまうんだろうなあ。それは私の勝手な想像だからそうではないと思いたいけど、いずれにしろ踏み間違い事故の悲惨さを知りつつ「それはお前ら客が間違えるせいだ。間違えるな!」で済ましてきた自動車業界の経営者たちの責任は重い。

マスコミの「また高齢者が事故を起こした!高齢者は危ない!社会のお荷物!」という偏向報道をみるたび、「いつからこんな嫌な世の中になってしまったのか」と絶望的な気分になる。右と左を間違えたというだけである日突然殺人者になってしまう、そんなクルマがなくなってほしいと願うばかりです。

 

「アクセルとブレーキの踏み間違い事故」について思うこと

続・高齢ドライバーの交通事故について思うこと

高齢ドライバーの交通事故について思うこと

 

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