さきの大相撲春場所で、
優勝した横綱白鵬が優勝インタビューにて
「三本締め」をおこなったことが物議をかもしていますね。
私もこのシーンをパチ屋のテレビで目撃しましたが、
もうものすごい違和感を覚えました。
もはや大相撲など見る価値はない・・・と何度も書いているし、
どうでもいいといえばどうでもいい話ですが、
公益財団法人として税を優遇されている組織が
なにをやっているかということに対しては
国民は目を光らせなければならないと思うので、
ちょっと書いておきます。
横審は苦言を呈しているらしいが、なにをいまさら・・・
横綱審議委員会は、
横綱が手締めを行ったことについて
「苦言」を呈しているらしいです。
まあ、これはたしかにそのとおり。
手締めはその場を仕切っている人、もしくはその人がしかるべき立場の人にお願いしてやってもらう性質のものでしょう。
本場所を主催しているのは力士ではないのだから、横綱であろうが力士がそれをやるのはどう考えても間違っている。
高校野球の閉会式で、優勝チームの監督とか選手とかが壇上に上がって
「応援ありがとうございました!それではお手を拝借!!いよ~お・・・」
ってやったら、「頭おかしいの?」と言われるであろうことは間違いないわけで、
そう考えれば、いくら「白鵬が場所を盛り上げた」といったところで(それもほんとうはそうじゃないんだけど)
ふつうの感覚なら「バカなの?」としか言いようがない出来事。
それに対して「苦言」を呈するのは当然だとは思うんですけど、
そもそも横審がちゃんと機能していれば
白鵬などとっくにクビになってモンゴルに帰っていたはずであり、
彼をここまでテングにしたのは横審(と、協会)の
怠慢によるところが大きい、とわかっているんですかね。
ついこないだも「バンザイ」をやらかしたばっかりなのに、
また同じようなことを同じ人間がやらかして、
横審は面目をつぶされたように思っているのかもしれませんが、
横綱などといったところでしょせんはただ力自慢なだけの世間知らずの若造(もうオッサンといってもいい年齢か)
なのだから、なにかやらかすたびに
「あのねえ、それは日本ではおかしいと思われることなんだよ」
と教えてやらなきゃあならない(なにしろ、自分の相撲に「物言い」をつけることはできない、ということを知らなかったくらいですからね)のです。
いちいち言われなきゃあわかんないという時点でもう「品格」などというものはないのは明らかだとしても、
それを教えてやるのは横審や協会や親方の仕事でしょう。
内館牧子氏などは、こういったことについて真剣に取り組んでおられましたね。
ほんとうに大相撲のことを考えているのなら、
白鵬には「引退勧告」を3回くらい出していなければおかしいのです。
しょせんはまじめにやってないから言うことに力が生まれず、こんな横綱にデカいカオされちゃう。
「盛り上げようと思った」?
結局は横審や親方が協会が
横綱をコントロールできてないから悪いんだろ・・・という話。
白鵬は、「勝つことが品格」という発言から考えても
「横綱」を「チャンピオン」と考えているのは間違いなく、
優勝インタビューも「チャンピオン」のつもりで受けているから
「オレが、オレが!オレがナンバーワン!」と思って
ああいうことをやっちゃったんでしょう。
自分が勝ってメデタシめでたし、さあ、みんなオレをたたえろ!さあバンザイ!さあ三本締め!
・・・という驕りが、いちいちインタビューで余計なことをさせる。
その驕る姿が、(まともな相撲ファンが考える)「横綱」にふさわしくない・・・
ということが彼にはわからないんでしょうね。
それをわからない人を横綱にした横審、教えてこなかった親方や協会も悪いけど、
30なかばにもなれば自分で気がついてほしいものです。
貴景勝の「勝って驕らず、負けて腐らず」とか「武士道精神を重んじ」という言葉は、
やっぱり白鵬へのあてつけなんだろうな・・・という気がしてきます。
→貴乃花部屋の貴景勝が新三役に!「勝って驕らず、負けて腐らず。」という言葉について考えてみる
ひょっとしてモンゴル人には「驕り」とか「テングになる」という概念はないのかも。
自民党のおじいちゃんたちと同じように、
いい年したオトナがテングになっている姿のみっともなさ加減を身をもって示してくれる稀有な横綱。ある意味凄い。
彼は「平成最後だから盛り上げようと思った」そうです。
ファンサービスのつもりでよかれと思ってやったことであり、
ただちょっと間違っちゃっただけなので、
手締めをやったこと自体はきちんと謝れば済む問題・・・
だとは思うんですけど、
力士が「盛り上げる」ためにやるべきことは、
客がカネを払って見る価値のあるガチ相撲をみせることなはずで、
「盛り上げようと思って」インタビューで面白いことをやろうとするのがそもそも間違っている。
そんなことを力士が考えなくていいから。
その意味では、遠藤戦なんかは「どこからどうみても注射だろ・・・」っていう相撲だったし、
千秋楽の鶴竜戦も「うわあ~。」と恥ずかしくなるくらい八百長の香りが漂っていたし、
お世辞にも「盛り上げた」といえるような相撲内容は見当たらなかった。
あの鶴竜戦を「熱戦だった」とか言ってる人が多いみたいですけどね、
ほんとうに命がけのガチならああいう安全でキレイな相撲にはあまりならない。
白鵬と稀勢の里の対戦をYOU TUBEで見れば、白鵬のガチのときとそうでないときの違いがよくわかるでしょう。
ガチにみえるようにちょっと時間をかけてみたんでしょうね。
観客が喜んでやっているのをみて愕然
でも、なんだかんだ言ってもいちばん驚いたのは、
白鵬に促されて嬉々として三本締めに参加した観客が
大部分だったこと。
「バンザイ」のときもそうだったけれど、
ここは「・・・・」という微妙な空気になるか、
ブーイングが巻き起こるか、にならなければおかしいのでは。
日本人はやさしいからブーイングにはならないとしても、
「は?なんで三本締め?いま?なんでお前が音頭をとるの?」
という疑問が沸き上がった人は全然いなかったんでしょうか。そんなはずないと思うんですけど。
「おまえ何様だ!」というヤジとか出なかったんですかね。あの空気の中ではそれも難しかったか。
苦々しい思いをした人もたくさんいた・・・と信じたい。
これがプロレスだったら全然いいんですよ。
手締めだろうが1,2,3ダア~!だろうがなんでもやってかまわない。
ショーなんだから、盛り上がればそれでいい。
しかし、大相撲は建前としては「神事」であり、ガチが前提の「武道」なわけで、
神事や武道なのであれば格式や伝統や礼儀礼節を守ることが必要になる。
それを考えればインタビューで「お手を拝借」するのがいかにおかしいことかはわかるはず。
でも、大部分のファンは「盛り上がったんだからいいんじゃない」
と思っていることがはっきりしてしまった。
つまり、大相撲はショーであり、横綱は勝てばそれでいい、と大部分のファンは思っている、ということ。
ショー的な部分は大相撲にも昔からあったわけだからそれでもいいけれど、
仮にも日本相撲協会は公益財団法人なのだから、
「相撲はそれだけじゃありませんよ、神事や武道としての側面もあるんですよ」
ということを、客に対しても力士に対しても啓蒙しなければならない。
相撲協会がそういう本来やるべきことをまったくできていない、
ということが、今回の「三本締め」ではっきりしちゃったんじゃないか。
公益財団法人ならば、
「横綱が不適切なことをしましたが、本来はここでやるべきことではありませんでしたのでお詫びします。なにが不適切かというと、宗教的な意味からはこれこれこういう理由で・・・礼儀礼節の問題で言うとこれこれこういう理由で・・・」
という説明、啓蒙をやらなければならないはず。
これをやらないんならば大相撲はただの格闘技ショー。
「三本締め?盛り上がったんだからいいじゃん」などという声が上がってきてしまうのは
相撲協会がカネのことばかり考えていて
やるべきことをやっていない結果ですね。
相撲協会はこのへんで態度をはっきりしたらどうか。
「盛り上がればいい。客が入ればいい」のなら、
力士の入場時にセクシーな女性をエスコート役につけるとか、
勝った力士にはマイクをもたせて「イヤァオ!」とか言わせるとか、
もっとエンタテインメント性を追求すればいい。その場合はもちろん公益財団法人の資格は返上。
伝統を守りたい、相撲は神事、と言うのなら
もう優勝インタビューなんてやらないほうがいいし、
白鵬には一刻も早くやめてもらうべきです。
このあたりが相撲協会も横審もはっきりしてないから今回みたいな騒ぎになるのでは。
ともかく、興行をうつたびにいちいちこんな騒ぎがおこってしまうような団体を
公益財団法人とするのはふさわしくないので、
はやく資格を取り上げてきちんと税金を払わせてほしい。
それに、公共放送たるNHKがこんな団体の茶番興行を放送するべきではない。
相撲を好きな気持ちには変わりないけれど、日本相撲協会の「大相撲」はもはや死んだも同然。
貴乃花は遊んでないで早く新団体をつくれ!